9条ピースウォーク、無事に終わりました!

5月4日、5日に幕張メッセで行われる「9条世界会議」に向けて、広島から幕張メッセまでピースウォークが始まっています。今日、とうとう30数名のピースウォーカーたちが小田原にやってきました。前の日に箱根に到着して1泊、今朝、箱根を出発し、お昼には小田原へ到着。
小田原ではピースパレードと集いを計画しました。

道路を多人数が通行するので、デモ行進の申請を警察に届け、(デモ行進でなくて、パレードですが)警察官に交通整理をされながら進む。実は私はこうしたパレードの実行委員初めて!ただウキウキ集まるんじゃだめで、ピースパレードと言ってもいろいろ大変なんですね!

1時30過ぎに城址公園の藤棚に集合。とにかく平日の午後ということで、「パレード」になるような人数が集まるか、とても不安でしたが120人もの人たちが集まって一緒に歩いてくれました。最終的には150人もの大きなパレードになりました。

私は1日通して司会をさせていただきました。とにかく楽しく!と思っていたので、赤いバンダナを頭に巻いて、マイクを持って、平和の歌を歌ったり、リレートークをしたりと、列の前と後ろを飛び回りました。小田原の方だけでなく、秦野や真鶴、湯河原、南足柄の方も参加してくださいました。参加の皆さんは「9条を守りたい!」「いのちこそ宝!」との思いで、地域で活動している元気な方ばかり。ついつい会話が弾んで、新しい出会い、新しいつながりを感じられる、和やかな良いパレードになりました。

パレードの後は小田原教会で集い。ここでも司会をしました。今度はピースウォーカーたちに一言ずつメッセージをいただきました。広島からずっと歩いてきた人、ちょっとだけ参加のつもりがずっと歩きたくなってしまった若い人。それぞれが、平和への思いを胸に、歩き続けています。思いを行動に。本当に頭が下がります。
メッセージには私たちに託されたたくさんの宿題がありました。若い人が興味を示さないこと、日本人として9条を守ることの意義を外国籍の方から問われました。韓国籍の方は南北の統一と9条を守ることを朝も夜も考えている。かつて侵略した国と侵略された国がこうして一緒に平和を願って歩くということは、とても良いことだ。とおっしゃいました。
国や民族が違っても、平和を求める気持ちは万国共通のもの。苦しい過去はあるけれども、できれば、お互いの未来のために、これから歩み始める命のために、国境や人種、そして歴史を乗り越えて、人間同士として手を取り合いたい、と強く思いました。

ピースウォカーたちの小田原教会では、夕ご飯においしいたけのこご飯や汁ものが提供されました。いつも様々な場面でお世話になっている小田原教会の方たちにも本当に感謝です。ピースウォーカーたちも小田原が好きになってくれたと思います。
次の日は国府津のちえのわハウスまで彼らを見送り、ちえのわで用意していただいたおにぎりを持って、茅ヶ崎へとバトンタッチしました。5月4日5日の9条世界会議。成功に終わりますように、そして彼らが無事に幕張へ着けますように、祈っています。

9条ピースウォーク、無事に終わりました!”へ1件のコメント

  1. smat より:

    ありがとうございました
     平和の「パレード」って、小田原で初めてでしょうか。まち歩きですが、道路交通法では「デモ行進」になるのでしょうかね。小田原署の対応は、丁寧で良かったですね。でも、小田原市政府の対応はひどいですね。なりわい交流館での、係員の対応は悲しく、信じ難いものでした。小田原市の平和都市宣言をお読みください。
     『わが国は、世界で唯一の核被爆国であり、国民は、日本国憲法にもとづく恒久平和の実現をめざし、世界から核兵器を廃絶することを共通の願いとしています。
     わたくしたちのまち小田原は、過去に戦災を被るという悲しい歴史をもっています。
     そして多くの歴史的文化遺産を守り続けているわたくしたちには、こうした惨禍をくり返すことのないよう、平和を守り、きらめく城下町を次の世代へ引き継いでいく責務があります。
     小田原市は、美しい地球を大切にし、輝かしい人類の未来を信じ、世界平和を実現するため、ここに永久に平和都市であることを宣言します。』
     『心におみやげ、見つけて小田原』とのメッセージが、遠路広島から歩いて来られた方々に『心に深い傷、二度と来たくない小田原』になったのではないでしょうか。政治活動禁止という利用規程が、いかに乱暴な誤解を招くものかが明らかになりました。即刻削除すべきです。

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