テレビゲームは何歳から?

神奈川新聞に「5歳半の子どもの半数がコンピューターゲームで遊んでいる」という記事が載った。厚生労働省の調べで分かったという。また、テレビを見る時間が長い子ほど、ゲームをする割合が高いとも。
今って、テレビ、ゲーム、漫画がぜんぶつながっている。だからテレビを見ればゲームもだし、マンガ読んでもゲームもやらなくちゃだし。特に男の子はそういうのが多いですよね。

うちはテレビを見ないでかれこれ3年経つけれど、テレビを見せないのはズバリCMがあるから。なので、ビデオは見てます。CMみないとほんとに楽ですよ!余計なものを買いたがらないし。

こういう記事が出るってことは、「ゲームは子どもに良くない」という意識があるからではないだろうか。「ゲーム脳」とか流行ったときがあるし。それならいっそのこと子ども向けのゲームを発売禁止したらいいのにと思う。そのかわり子供が外で思いっきり遊べる「空き地」。ボール遊びも焚火なんかもできるようなプレーパークをたくさん作ったらいいと思います。「遊び場所がない」→「家の中で遊ぶ」→「ゲームで遊ぶ」ということだと思います。ゲームって面白いもん。わたしもゲームウオッチとかスーパーマリオとかにはまった世代だからよくわかります。

「昔の子どもは」とか「今の子は恵まれすぎている」とか、それだけならまだしも「今の(母)親は、ゲームに子どもにおもりをさせて!」などと、怒りの発言をする方も多い世の中ですが、今の子育てって、昔に比べて制約が多すぎて大変です。ほっといても子どもが育った時代とは違います。その記事の横で、今年も交通事故死が5000人を超えたとか。親がいつでもストーカーのように子どもにひっついてるというのもせいぜい小学校上がるまで。私が子どもの時は、子どもの遊びに親が付いてくるなんてことなかったはず。やっぱりお外は危ないから、おうちの中でゲームしておいてくれたほう親としてもありがたいのかもしれませんね。「今どきの子は!」とあわてることなく、冷静に、子どもの遊びの状況とそれを支えるまちづくりの在り方を考えるべきだと思います。

さて、うちの子どもはと言えば、おじいちゃんが1000円くらいのたまごっちのようなゲームを私が知らぬ間に買っていた。もうこういうのは、説明してもしょうがないので(ケンカになるだけなので)、親と祖父母は別、ということに私はしている。子どもはどうせ人を見てるし、買ってもらえそうな人にはねだるだけ。おじいちゃんが子どもとどうかかわるかは、おじいちゃんの問題だと割り切ることにしています。でも、家の中では段ボール箱でお店を作って「お店屋さんごっこ」をしたり、家の中をぐるぐるとまわって「鬼ごっこ」をしたり、うちの前がありがたいことに、建設会社の資材置き場になっているので、レジャーシートを広げて「おうちごっこ」をしたり、資材置き場を漁っては、きれいな石や変わったレンガの「お宝」を探してきます。いつまでも帰ってきません。私の家のあたりも畑をつぶして家がどんどん建っているけど、この資材置き場だけは(資材置き場ですが)どうかなくさないでほしいと思います。
 子どもは遊びが仕事だし、本来何にもなくたって遊べる才能があるもの。ゲームがあってもいいと思うけれど、ゲームがなくても遊べるセンスを失わないように。それには、再開発もいいけれど(よくないんですが)、まずは安心して遊べる遊び場を子どもたちのために残してあげてほしいと思います。

テレビゲームは何歳から?”へ4件のコメント

  1. mirai より:

    Unknown
    [親がいつでもストーカーのように子どもにひっついてるというのもせいぜい小学校上がるまで]と書かれていましたが今は違うのでは!!
    ある男の子の母親は小1の時には子供の遠足で昼食場所に行き、見つからないように様子を見ていたり、下校時間になると車で迎いに行きます。3年経った今でも友達の家に行くと言えば家の前まで車で送迎をしています。子供が00君と遊びたいと言えば母親が連絡をしてきます。このような方もいるんですよ
    佐々木さんのお子さんが通っている小学校には、居ないですか?

  2. 佐々木ナオミ より:

    Unknown
    おっしゃるとおり、今は違いますよね。わたしも子どもの登下校では結構車で送り迎えしてますし、友達の家に行く時も、必ず送り迎えをしています。たまにひとりでふらーっと我が家に遊びに来る子がいますが、帰りには家に電話をして車で送るようにしてますし、「おくりむかえ」に関してはうちの塾でも安全面で、かなり徹底しています。
    また、子どもが○○さんちで遊びたいということならば、そこの家に私が電話をしてお願いをします。やはり子どもが伺えば、ご迷惑もかけるでしょうし、家の中での事故など考えると、親同士がコミュニケーションをとっておく必要があると思うからです。逆に、家に電話しても家に大人がいない、親と話ができない場合には遊びに行かせないか、我が家に来るように言います。上の娘は5年生ですが、この方針はこれからも変える気はありません。
    そうすると、もしかして、miraiさんがおっしゃっている人はこれは私のことかしら?

    miraiさんご指摘のように、親がストーカーのようにならねばならないほどに、子どもを取り巻く状況は変わりました。子どもたちは、子どもらしい時間を持つことがますます困難になっている時代です。こんな困難な世の中で、親も子どももよく頑張っていると思います。「子どもがキレる、今の子どもはダメだ、学力がない、根性がない、親はだめだ、モンスターだ」と何かと子どもと親は責められがちです。でも、責められるべきは親や子どもではなく、この経済効果と利便性重視の子育てしにくい環境なのではないかと思います。

    私も、ストーカーのように子どもに付きまといながら、「これって変だよね」と思っている親の1人です。そのおかしさを何とかしたくて市議になりました。なかなか難しい道のりですが、皆さんと共に頑張りたいなと思っています。

  3. 笹村 出 より:

    ゲームの功罪
    私が子供の頃は今から50年前だから、ゲームはなかった。しかし、将棋と囲碁とマージャンはあった。
    確かに、お祖父さんから全て教わった。
    マージャンは子供の頃以外やったことはないが、
    一度、大学時代にやったら、回りが弱いので驚いたぐらいにやった。

    何故か判らないが、親は全くしなかった。でも止せとか言われたことはない。小学生の時には、目隠し将棋が出来るレベルだった。それほど、どんなゲームにも熱中した。
    今あるゲームの内容は知らないが、内容の奥深いゲームというのは、無いのだろうか。囲碁の持つ、抽象性など、それは哲学的とまでいえる。ある意味、絵を描くのと似ている。今の時代、良いゲームがない。と言う事なのか。そんなはずはない。
    好きでやっているのだから、学校の勉強などより、よほど頭の訓練になった。

  4. mirai より:

    コメント頂いて嬉しいです
    訂正として佐々木さんの事ではないですよ。ただ「親同士のコミュニケーション」に、ついては各家庭それぞれの取り方があるとは思いますが、私は、学校行事・子供会行事や買物の時などに、子供の方から「あのお母さん〇〇君のお母さんだよ」と教えてくれるので、初対面の方には、「いつもお世話になっています」と話しかけることを心掛けています。知り合いのお母さんにも「お家にお邪魔しちゃって、悪さしてない」と一声掛けるようにしています。それで良いのと言われると自信はないけど、親同士が親しくなれる機会は、多々あると思っています。

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