友人の引越し

今日は、大事な友人の引越しにお手伝いとお別れに家族で行く予定。
彼らは小田原にセシウムが降ったことで、この地を離れる決意をした。

家族ぐるみで付き合ってきた友達だし、特に下の息子とあちらの息子が
とても仲良しで、土日もなかなか時間がない私に代わって、
山や川へ子どもたちを連れだしてくれた。
アウトドアが得意でない私たちでは伝えられないたくさんの楽しい体験を
子どもたちに与えてくれた。
おかげで、子どもたちは、自然さえあれば、ゲームがなくてもお金がなくても
日がな一日遊べる術を身につけている。

また、私にとっては選挙から現在の議員活動まで、一緒に頑張ってきた仲間でもある。

私と農業のかかわりを作ってくれたのもこの家族。

避難を決めたと聞いたときは、「なんで?寂しいじゃない!」ととてもショックだったし、
小田原でそこまでする必要があるのかと思った。

仕事もやめて、楽しい仲間とも離れて、そこまですることが理解できなかった。

けれども、「そこまでして、馬鹿みたいだったなと思えれば、それでいい。
子どもたちが病気になって、移住しておけばよかったと後悔するよりずっといい」
といい、仕事をやめることも「福島の人たちだって、仕事をなくして、すんでいた土地を離れて
行ってる。それと同じことだ」と夫のほうは言った。

今回の放射能汚染で、被災地以外でも、きっと同じような別れや新しい決断を迫られている人が
いることだろう。小田原も、そういった意味では被災地なのかもしれない。

放射能に対する反応は、立場によってそれぞれ。
とくに、農業者にとっては死活問題でもあるし、こうした反応が農業者を苦しめているのも事実。
「情報に踊らされている」とか「過剰反応だ」とか「風評被害だ」とか批判の声もある。
ただ、小さな子どもを抱える親にとっては、放射能が5年後10年後に子どもたちに与える影響は
ゼロである保障はどこにもないし、そのとき、その病気が放射能のせいだったと証明することは不可能に近い。
だからこそ、国も自治体もやってくれないから、今出来る限りの自己防衛を諮るしか手がない。

ただ、忘れてはならないのは、それもこれも、放射能さえ降らなければ、原発さえなければ、
しなくてもいい悩みだったのだ。放射能によって、暮らしを根底から変えなければならないつらさ、
将来への不安は、同じだ。

被害を受けた立場の違う人たちが、同じ原発の被害者としてお互いの思いを
分かり合おうと努力すること、その積み重ねがもし出来たなら、なにか一筋でも光が見えるかもしれないと思う。



これまでのコメント

  1. ton より:

    私は家内が動きたがらないので小田原を離れないつもりですが小さな子供がいればどうするか分かりません。
    ただ移住するなら海外に行くかもしれません。

後援会リーフレット(PDF)

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